「人のためになる コミュニティづくり」(Weekly LALALA 722号掲載)

「人のためになる コミュニティづくり」
飯盛 裕介|Yusuke Iimori

ロサンゼルスで暮らす人々   アメリカ沿岸警備隊隊員/南加佐賀県人会会長

2011年よりアメリカ沿岸警備隊に入隊。民間人として日系商社に勤務する傍ら軍の任務に就いた。6年間ロングビーチ周辺の沿岸を拠点に、人々が安全に暮らせるコミュニティづくりに尽力した飯盛裕介さん。

 「仕事をするなら何か人のためになることを」と考えた飯盛裕介さんが6年前に就いたのが、アメリカ沿岸警備隊の仕事だった。「当時、物流関連の仕事をしていた自分は、ロングビーチの港を仕事でたびたび訪れていました。そこでよく目にしていたのが高速艇を走らせる沿岸警備隊。何か人のためになる仕事に挑戦したいと思った時、真っ先に頭に浮かんだのが沿岸警備隊の仕事でした」
 民間人として日系商社に勤務する傍ら軍の任務に就いた。入隊して最初に立ちはだかった関門は、ニュージャージー州にあるケープメイ沿岸警備隊訓練センターでの3週間の基礎訓練だ。水泳ではインターカレッジに出場した経歴もあり、走るのも好きで体力には自信があった。「早朝5時に鳴るサイレンに起こされて、3分後には雪が降る中で訓練開始。腕立てをする訓練生の耳元で教官が叫び続け、まるでミリタリー映画の世界ですが、どんな状況下でも物事に冷静に対処するという軍人としての基礎をそこで学びました」
 入隊後は、ロングビーチ周辺の沿岸での任務に就いた。「私が配属されているロングビーチ周辺の海では、私の任務中に大きな事件は起こりませんでしたが、年々麻薬の摘発件数は増えていますし、ボートに乗って沖に出る任務では常に危険が付き物です。緊急事態であれば大雨の中でもボートで現場に駆け付け、荒波の中を命からがら帰ってきたこともありました」。同エリアでの大事件のニュースを耳にしないのは、日頃から飯盛さんたち沿岸警備隊が厳しく取り締まり、犯罪を未然に防いでいるからなのだろう。
 佐賀県出身の飯盛さんは、高校2年生よりオーストリア・ウィーンへ移り、ウィーン経済大学からウィスコンシン州立大学に転入し、卒業。社会人になってからは、物流企業に勤務しシカゴを経て2007年よりロサンゼルスで暮らす。軍人として国に仕えながら、2014年からは南加佐賀県人会会長を務め、地元佐賀県とカリフォルニアのコミュニティを繋ぐ橋渡しとして精力的に活動してきた。交流活動の一つである「佐賀県海外使節団」では、毎年佐賀県の高校生や大学生からなる10名の使節団がカリフォルニアに渡り、企業訪問や企業家たちと意見交換などを行う数週間の研修プログラムを実施。「プログラムに参加した学生からは、『外から母国日本を見て、物の見方が変わった』という声が多く、彼らの人生に良い影響を与えていると思います」
 今月、6年間勤めた軍での最後の任務を終え、日本へ帰国することが決まった飯盛さん。在米約15年のこれまでを振り返る。「このアメリカで様々なことへのドアを開けて多くを経験する機会を与えていただいた方々に心から感謝の気持ちを伝えたいです。ここで学び培った経験を生かして、これからは故郷佐賀から世界に様々なことを発信していきたいと思っています」。

任務中の飯盛さん。同僚の隊員たちと共に支え合いながら、数々のミッションに立ち向かってきた。
南加佐賀県人会創立110年記念式典の際には、日本から佐賀県知事の山口祥義氏も出席。

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