「ミャンマー(ビルマ)難民の自立を願って」(Weekly LALALA 728号掲載)

番外編 in サンディエゴ

「ミャンマー(ビルマ)難民の自立を願って」
 樺島 那央|Nao Kabashima

ロサンゼルスで暮らす人々   Executive Director NPO Karen
                  Organization of San Diego

サンディエゴでミャンマー(ビルマ)の難民定住支援団体Karen Organization of San Diego(KOSD)を2009年に立ち上げ、現在もディレクターを務める樺島那央さん。 Karen Organization of San Diegoウェブサイトhttp://karensandiego.org

 世界には紛争や人権侵害で難民となり、難民キャンプで暮らす人々がいる。第三国定住という難民を別の国が受け入れる制度があるが、難民キャンプから定住できる人はそのうちの約1%だという。サンディエゴはカリフォルニア州の中でも難民の受け入れに積極的で、2007年からミャンマー(ビルマ)の難民を受け入れている。しかし3ヶ月から半年の立ち上げ支援を連邦から得た後は、英語もできない状態で職を探し、生活していかなければならない。そういったカレン族をはじめとしたビルマの難民の定住を支援するNPO法人Karen Organization of San Diego(KOSD)を立ち上げたのが樺島那央さんだ。その業務は英語指導や仕事探しの手伝い、健康保険の確保や子どもの学校との交渉、メンタルヘルスの紹介、通訳、アドボケート、公共機関への同伴など多岐に渡る。
 「10歳の時に母が難民についての子ども向けのセミナーに連れて行ってくれて、それから難民を助ける仕事がしたいと思うようになりました。母は私が高校卒業後すぐに亡くなったのですが、だからこそ余計に母の希望を叶えたいと感じました」
 そして大学卒業後に渡米し、カリフォルニア州立大学チコ校大学院で難民政策を学んだ。「当時は難民キャンプで働くことを希望していたのですが、在学中に結婚し、夫と一緒に暮らすため難民キャンプにいくことは断念しました」。しかしその時IRC(国際難民委員会)でインターンとしてソマリアの第三国定住を担当し、アメリカで難民をサポートする仕事があることを知った。「祖国を離れて新しい人生を踏み出す人たちの生活を作っていくお手伝いができると希望に満ちあふれました」
 2008年には夫の仕事異動に伴いサンディエゴに移住した樺島さん。Jewish Family Serviceのボランティアを経て、2009年にはKOSDの立ち上げを任された。最初は助成金を集めるのに苦労したが、2011年に連邦から助成金を得て団体が認知され、その後はサンディエゴ市やカウンティ、財団から援助を得ながら運営が軌道に乗ってきたという。
 「開設当初、スタッフは難民個人の生活の立ち上げや緊急の対応に追われていたのですが、今はコミュニティの人たちが協力して運営管理できるようになってきました。現在はここで老人会、婦人会、子ども会といったサポートグループができていますが、将来は織物や言語、文化を継承していくコミュニティセンターになっていくと思います」
 毎日ここを訪れる誰かの生活が一歩前に進んでいく、そのお手伝いができることが嬉しいと話す樺島さん。ゆくゆくはこのオフィスがなくてもコミュニティが助け合って難民が自立してほしいと願い、今日も温かく見守っている。

KOSDのスタッフの皆さん。樺島さん以外はビルマ難民で、団体の運営を難民自身で行うことを目指している。(前列左下が樺島さん)
サンディエゴのビルマ難民コミュニティは現在2000人余り。KOSDのオフィスに集い、共に助け合い、親族のように温かい。

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