「日系人社会一つに」(Weekly LALALA 756号掲載)

ロサンゼルスで暮らす人々-vol.756

「日系人社会一つに」
米澤 義人 |Yoshihito Yonezawa

ロサンゼルスで暮らす人々 南加宮城県人会会長/ロサンゼルス七夕委員会ボードメンバー会長

「日系人社会一つに」
1992年から南加宮城県人会の会長を務める米澤義人さん。発案した『ロサンゼルス七夕祭り』は今年で10周年を迎える。

 1956年、終戦後に米国へ移住した米澤義人さん。当初は英語がまったく話せず、ハワイの入国管理局では近くにいた日本人の方に助けられたという。給油のための乗り継ぎ2回を経て、計36時間をかけて日本からロサンゼルスへたどり着いた。着いてまもなく参加した同郷の人々が集まる南カリフォルニア宮城県人会は「400人ぐらいいて驚きました(笑)」と振り返る。1992年以降は会長を務めるこの県人会では、日本人の助け合いの精神をあらためて感じたという。10年前には、日系人が集うリトル・トーキョーの活性化につながればと、七夕委員会を発足。以来、郷里名物の七夕祭りロサンゼルス版を、毎年8月にリトルトーキョーで行われる日系人の祭典『Nisei Week』の一環として開催している。
 米澤さんは「新旧日系人の交流をもっと深めたい。ここには日系社会の小さな団体がたくさんあるから絆を深めたいと思って始めました。日系社会を存続していくためでもある」と開催のきっかけを話す。言葉やバックグラウンドの違いによって、それぞれの小さなコミュニティー間ではまだ言葉や意思の疎通が難しい部分が存在すると言われるロサンゼルスの日系人社会。その発展と地域の活性化を願って始まったロサンゼルス七夕祭りは今年で10回目を迎える。準備は4月ごろから開始し、ワークショップを開催し、学校を訪問して子どもたちにお飾りの作り方を教える。そうしてできあがった地域の個人や団体などによる150個以上の七夕飾りが、日系人博物館前の広場を鮮やかに彩る。
 七夕祭りの飾りはすべて手作業で作られる。老若男女だれでも作ることができ、話をしながらコミュニケーションを取る手段にもなる。そのため「この作業が、核家族化によってバラバラになりがちな今日、家族が再び一つになるきっかけにもなる」。お飾りを作ったことがきっかけで日本を初めて訪れ、ねぶたに始まり竿燈、七夕と東北の三大夏祭りを一通り体験してきたという日系人の方もいるという。ともにテーブルを囲み、作業に精を出すことで「親子の会話が増えた」「孫とのコミュニケーションが取れるようになった」という声も多い。米澤さんの夫人、純子さんは熊本出身。宮城についても七夕祭りについても知識がなかったため、最初は大変だったというが、経験を通して徐々に学んでいき、米澤さんをしっかりと支え続けてきた。米澤さんは「みんなで一緒に作って、ここに集まって団結して、日系人社会をもっともっと良くしていきたい」と話す。手を取り合って生きていきたい。そんな願いが込められたロサンゼルス七夕祭りが、今年も始まる。

純子夫人(左端)はまったく知識のなかった七夕祭りについて学び、米澤さん(右端)をしっかりと支え続けている。
ロサンゼルス七夕祭りはコミュニケーションや地域の活性化のために始まった。米澤さん(右端)は「日系人社会の発展のためでもある」と話す。


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